課題概要
「点から点」で見ていた形の変化を「領域から領域」で捉えることで,
少ない情報からでも全体像を理解することができる新しい解析手法を開発する.
研究の背景・目的
京都大学先天異常標本解析センターに保管されているヒト胚子標本群は,世界でも他に類を見ない希少な資料の1つである.
中でも,連続組織切片は顕微鏡によって器官形成の詳細な観察が可能である一方,1つの試料が数百以上の切片に展開されており,元の3次元形状を把握することが困難である.また,切片の製作において物理的な歪みが生じており,デジタル化した切片画像を積層しても元の3次元形状を復元できない.
そこで本研究では,物理的な歪みを補償することで元の3次元形状を復元する課題に取り組む.
ヒトの発生過程は未解明
- 主要器官は受精後2ヶ月で形成(妊娠発覚時には大抵完了)
- 体内で起こる変化で観察が困難
ヒト胚子の連続切片標本
- 約50年前に製作,新規収集は困難
- ✓ 器官や組織の詳細な弁別が容易
- ✗ 3次元的な形態の把握が困難
- 連続切片からの3次元再構成
- ● 1標本から数百枚以上の切片
- ● 切片製作時に物理的な歪みが発生
アプローチ
歪みを補償する位置合わせ手法の1つとして,画像間で特徴的な部分の対応付けを推定する,特徴マッチングによるアプローチを用いる.歪みによって生じる空間的な変位を「場」として表現し,得られた特徴マッチングからこれを推定する問題に取り組む.
一般に,特徴マッチングは少数しか得られず,変位場の推定は容易ではない.本研究では,局所領域で得られる複数の特徴マッチングから推定できる「幾何変換」に着目する.
一般的なベクトル場による表現の代わりに,実空間内に潜在する数理構造として,空間中で滑らかに変化する幾何変換の場を考え,そのモデル化に取り組む.幾何変換として,例えば相似変換や剛体変換を用いれば,等角性や等長性といった幾何的な性質の保存が期待される.
手法
本課題では,少数の幾何変換からデータ駆動型で幾何変換場をモデル化するスパースモデリング技術を開発する.
幾何変換に許される演算は乗法のみであるが,従来のスパースモデリングは加法を基盤として定式化されており,そのまま適用すると幾何変換が持つ幾何学的な性質が損なわれてしまう.例えば,幾何変換の線形結合はLie代数に従って定式化される.
そこで,従来のスパースモデリングをLie代数に従って拡張し,乗法群に合うよう再定式化する.また,数百の切片画像全てを対象とし,各画像における変形をできるだけ小さくするよう,位置合わせの全体最適化を行う手法を開発し,元の3次元形状を復元する.
少ない情報から形態変化の全体像を理解することができる新しい解析手法を開発し,生体から気象データまで幅広い対象への有効性を示した.
確立した理論
「点から点」で見ていた形の変化を「領域から領域」で捉えることで,
少ない情報からでも多様な変形を表現できる新しい解析手法
少数の対応点から全画素の変形を推定しようとするとき,図A・B・Cと図A’・B’・C’では赤い点の座標は同一である.従来の「点から点」の変化を捉える解析ではこれらを区別して表現することができない.
しかし赤い点の周辺を見ると,BやCでは異なる回転をしていることが分かる.「領域から領域」の変化を捉えて解析する手法により,A~C全ての変形を個別の現象として表現することが可能になった.
従来の方法:ベクトル場
位置の変化を「点から点」= 足し算で捉える
変位=並進
\( x + dx \) :演算体系は加法
サンプルからはA-Cを区別できない
新しい手法:幾何変換場
位置の変化を「領域から領域」=掛け算で捉える
幾何変換=剛体/相似変換
並進(=変位)+回転の動き
\( qx \) :演算体系は乗法
A・B・Cはそれぞれ異なるサンプル
開発した幾何変換場の解析手法
-
スパース回帰分析
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グラフ最適化
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スペクトル解析
成果
新しく開発した解析手法により,50年以上前に製作されたヒト胚子の連続切片標本から元の3次元形状を復元できた.
成果 1 切片画像対の非剛体位置合わせ
スパース回帰分析2次元剛体変換
連続する2枚の切片間の変形をモデル化し位置合わせを行う
応用
生体画像から気象データまで幅広い対象の変形の解析への有効性を示した.
今後の展望
- 深層学習技術や他の統計解析・信号処理技術への展開
- 解析対象に応じた幾何変換の種類(剛体/相似変換)の選択指針の確立
- 他の応用先の開拓